短編小説「列車の行先は、来世」
- スマイル・エンジェル

- 2020年5月3日
- 読了時間: 6分
更新日:2020年5月5日
~あらすじ~
深夜、草原を走る列車の行先は来世。
次への新しい人生の門出を祝して、列車の乗客は、それぞれの好みのホッピーを飲みながら在りし日の思い出話を語り合う。
そこに偶然一緒になった、居酒屋の店主と漫才コンビと女子高校生。実は、知り合いだった4人は最後の晩餐で。
【文字数】3526

どこまでも広がる草原に、満月の月明かりが輝く。
7両の連なる列車の窓から漏れる灯りが草原を照らす。
列車の車両へのドアが開き、すでに所々に座った人々が、同席している者同士で談笑している。
阿部健一は、車両の上にナンバリングされた番号を確かめながら中へと進んで行く。
その後を一緒に加藤貴也も続く。
4人掛けのボックス席の窓際に一人座り、外を見つめる鈴木辰吉の席に辿りついた健一が番号を確認して、振り返って貴也に、
『ここだわ』と先に窓際に座る。
貴也もその隣に座り。
と同時に健一と貴也が『あ~!』と向かいに座っている辰吉を指さす。
辰吉は一瞬動揺するが、二人を見て、
『お~!漫才コンビ!』
『え~、大将!こんな所でどうしたんですか?』
『こんなところって、お前達も』
『そうですよね。そう、言われてもね。俺達だってさ…』
『そうだよ、お前達こそ、どうしたんだよ。お前達、いくつだ?』
健一と貴也もお互いに顔を見合わせて、貴也が、
『24です』
『24歳か?まだ、俺の年まで40年はあるじゃないか』
『俺達コンビ組んで2年ですけど。まさか、こいつと最後に一緒になるなんて思ってもないですからね』
『そうだな。でも、これもお前とコンビ組んだ時からの運命だったんだよ』
『あの~ここ、いいですか?』と言いながら、制服姿の橋本七海が辰吉の隣に座る。
『お~、お姉ちゃん、高校生かい?』
『はい、17歳の高校2年生です』
『そうかい。うちの孫と同じ歳か。若いのにな~』
七海が興奮して、健一と貴也を交互に見て『あの~、お二人は、“サンシャイン・ボーイズ”ですよね』。
『え~俺達の事知ってるの?』
『やっぱりそうですよね!さっき入口の所で見かけて、お願いして同じ席にしてもらいました。誰も知り合いがいなくって、めちゃくちゃ不安だったけど、こんな所で会えるなんて、夢みたいです!』
『え~こいつら、そんな有名人なのか?』
『そうなんですよ!新人漫才選手権で4位だったんですよ』
『4位?なんか、微妙だな~』
『大将、そういいますけどね。大会に出場できるだけでもすごい事 なんですからね』
『そう、なのか…。俺は、さっぱりわかんねぇけどな』
『私は、絶体に“サンシャイン・ボーイズ”が優勝だって思ってたけど。残念です。でも、あの~ホッピーの話、最高でしたよ』
『そうでしょう!あのネタねぇ~。あっ、そう、大将の店での出来事をネタにしたんですよ』
『うちの店か?』
薄汚れた看板、居酒屋『七福神』の下に拙く手書きされた“安さと・真心・奉仕の店”
立ち上る煙に目を細めながら、店先の出窓で焼き鳥を焼く辰吉。
賑わっている店内には、ほとんどが男性客。
エプロン姿の綾子が、一番奥の席の健一と貴也の席にホッピーと焼酎の入ったジョッキを運ぶ。
『ねぇ、綾ちゃん。今度、新人漫才選手権で優勝したら、俺とデートしてくれる?』少し赤くなった顔で貴也が真顔で言う。
『優勝したらね』
そっけなく言ってしまう綾子を見送り、健一が
『お前、本気であの子、狙ってんのか?』
『ああ、俺は、本気だ』
『ふ~ん。お前より5つは年上だぞ。顔は、まぁまぁだけど、相変わらず感じ悪いしな』
『そうか~?。そっけないとこあるけど、たまに見せる笑顔がいいんだよ』
『ふ~ん』釈然としない表情で健一がジョッキにホッピーをつぎ足す。
電車の汽笛が鳴り、ガタンとゆっくりと動き出す。
列車の客室は、満席。
『お前たちは、いつも奥の席でホッピー2本で粘っていたもんな』
『こいつの家は、彼女が一緒に住んでいるし、俺は、寮だから漫才のネタの仕込みするのに大将の店だとはかどるんですよ』
『おかげで、俺達が新人賞で4位取れたネタも大将の店で生まれたんですよ』
『役に立ったんならそれは、嬉しいな』
『だって、俺達、大将の店で初めて“ホッピー”に出会ったんですよ』
『そうですよ、俺達の地元にはないもんな』
『ないよ~。東京に来て居酒屋の看板で“ホッピー”てよく見てたけど、なんの事かわからなくて、大将の店で初めて飲んですっかりはまりました』
『だろ。俺の焼いた、焼き鳥とホッピーは絶品なんだよ』
『でも、大将の店が急に閉店になって。一体、どうしたんですか?』
『あ~。実は、肺癌になっちまってな。だましだましやってたんだけどな』
『そうだったんですか』
『あの~。私も、お二人の漫才聞いていて、20歳になったら、絶体にホッピー飲む!って決めていました。でも……』と落ち込む七海。
『お姉ちゃん。落ち込まなくてもいいよ』と出口付近を覗う辰吉。
『えっ?』と辰吉と同じ方向に七海も振り返って。
すると、車両の扉が開き、白いひらひらのエプロン姿のウエイトレスが車輪付きのワゴンを押しながら入って来る。
ワゴンにはホッピーの瓶がびっしりと並べられている。
健一が口をポカ~ンと開けて『スゲ~』
貴也も思わず笑い『え~、ホッピーの車内販売?』
手前の乗客からホッピーを振る舞うウエイトレス。
一旦振り返って辰吉が微笑み『なぁ。今夜は、ホッピー飲み放題!』
七海は、席から立ち上がり『うわ~、スゴイ!』
ゆっくりとウエイトレスがワゴンを押して来る。
七海が、はしゃいで『嬉しい!初ホッピー!』
ウエイトレスがにこやかに『何になさいますか?』
七海が急に不安になり辰吉に『あ、あの、何にしたらいいですかねぇ?』
『初めて飲むんなら、“生ホッピー”にしたらどうかね』
『え~“生ホッピー”なんてあるんですか?』と健一がウエイトレスに尋ねる。
『はい、ございます』ワゴンの下段に設置された樽から、生ホッピーをジョッキに注ぎ、七海に渡す。
辰吉も生ホッピー。健一は、黒ホッピー。貴也は白ホッピーを受け取る。
全員で乾杯をして、それぞれが、ジョッキのホッピーを飲む。
辰吉、健一、貴也が七海の反応を覗う。
七海が満面の笑顔で『美味しい~‼』グビグビとジョッキを飲み干す。
『ほ~すごいな。これは、酒豪だな』
行きかけたウエイトレスに七海が『すいません!生ホッピーもう一杯お願いします』
『ちょっと、いきなりそんなにいっちゃって大丈夫?』と心配する健一。
『え~、だって、この体は今晩限りじゃないですか』
思わず顔を見合わせる健一と貴也。
『お姉ちゃんの言う通リだな。世が明けて、列車が止まったら、俺達は、新しい生命になって、新たな人生をスタートするんだ。その準備の晩餐だからな。それが、この“ホッピー列車”だ』
『だから私は、飲みますよ~。ねぇっ、飲みましょうよ!』
『俺ら、なんか、突然だったから。この列車が、どこに行くか、よく解っていないんですけど』
『お前らは、どんな最後だったんだ?』
健一が遠くを見つめながら『漫才の新人賞を取って、初めての仕事をもらって地元に向かう夜行バスに乗った俺らは――』
深夜、高速道路を走って行くバス。
暗い車内で並んで熟睡する健一と貴也。
バスの運転手も、コックリと居眠りをする。
蛇行運転していくバス。
月明かりに照らされて走って行く列車。
列車の車内では、乗客がそれぞれが好みのホッピーを飲んで、泣いたり笑ったり賑やかだ。




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