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短編小説『最期に君にありがとう』

  • 執筆者の写真: スマイル・エンジェル
    スマイル・エンジェル
  • 2020年5月3日
  • 読了時間: 14分

更新日:2020年5月5日

~あらすじ~

看護師の主人公は、ガンの末期患者などが積極的な治療を行わない、終末医療を行う病棟に勤務する。ずっと疎ましく思っていた父親がガンの末期になるが、勤務する病棟で出会う患者や尊敬する師長との交流を通して、父親とも和解し、自らも不倫を解消し成長していく物語。

文字数:7985文字

私の、勤務する病院は、全国に大きな組織を持ち、先駆的な医療を目指す総合医療センターだ。ここ緩和ケア病棟は、主にガンの末期の患者を対象としたあらゆる苦痛を緩和する治療を行う。治療といっても、抗ガン剤などは使わず、高カロリー輸液や、抗生剤投与をする程度で、あくまでも、患者さんの希望により、それらも、使用する。そして、患者さんが、死を迎えるまで、その人らしい生活が送れるように様々な分野の専門スタッフがサポートする。そこで、私は、看護師として働いている。看護師になって、六年、この病棟に来て、一年が経った。

私が、看護の道に進んだのは、人を助けたいとか、世の中に貢献できる仕事に就きたいと思ったわけではない。ただ、母のような人生は、送りたくな

いと思ったから。

夜勤明けの私は、他のスタッフへの申し送りを事務的にこなして、私服に着替えて病院から、逃げるように出た。

流行の最先端を行く店や、ショッピングモールを抜けて、地下鉄に乗り込んだ。

十五分程で高層ホテルの最上階にあるラウジに着いた。

ラウンジには、すでに、吉田直樹が待っていた。私の一回歳上の吉田は、病院に出入りする医療品を扱う会社の営業をしている。営業成績優秀な吉田は、ある程度の自由が利くらしく、こうして、昼間に私と、密会する事ができる。吉田には、妻も子供もいる。私は、吉田と不倫の関係になり三年が過ぎた。

「ごめんね。待った」

「いいや、ちょっと前に来たんだ」

「そう。もう。部屋を取ったの」

「まだだよ。お姫様のご気分を聞いてからと思ってさ」

吉田は、何故か、私を、姫と言う。

「そう、じゃあ、今日は、このままここで一周したい」

このラウンジは、一時間かけて、ゆっくりと回る。

「はい、かしこまりました」

吉田は、大抵私の、望みを聞く。この吉田の何も、要求しない距離間が心地いい。

頼んだオレンジジュースをゆっくりと飲みながら、目の前に広がるパノラマの視界をぼんやりと見つめながら、五年前に亡くなった、母を思った。

私の母は、五十六歳の時、進行の早いスキルス胃がんと診断され、手術で胃を全摘したが、すでにガンは、転移していて余命一年と宣告を受けた。手術後、食事が思うように取れず、どちらかというと太目だった母は、別人のようにやせ細り、亡くなる数ヶ月間は、点滴のみで、命を繋ぐ日々だった。手の施しようがない母は、ただ、その日一日をやり過ごすだけの毎日の中、たまに様子を見に帰った私に、気が狂ったように「死にたい!死なせて!」とわめくのだった。

 そんな母を私は、うとましく思った。

母は、二十四歳で、お見合いで知り合った、父と結婚。銀行員で真面目そうな父なら、堅実な家庭が築けると思い、恋愛感情も湧かないまま、私と四歳下の妹を産んだ。

父は、小学校一年の時に実母が、病気で他界し、暫くして、父親が再婚し、血のつながりのない女性と女性が産んだ腹違いの弟の家族で育った。だから、父は、本当の母親の愛情を受けておらず、私の母に言わせると、「人として大事な所が欠落している人」とう評価らしい。確かに、父は、仕事ばかりで、いつも家には居なかった。たまの休みに家族で出かけようと母が誘っても「俺は、家族の団欒が嫌いだ」と言い、一人留守番をするのだ。だから、私は、子どもの時に、父と一緒に旅行に行ったり、どこかに遊びに行った記憶がない。

母は、何度か、離婚を考えたようだが、私達、二人の子供を抱えて生活していく自信がなく、仕方なく、父との生活を続けていると、何度も聞かされた。そう、言われる度に、私は、一生結婚をしないで、一人で生きていける、仕事をしようと固く心に誓うのだった。

そして、見つけたのが、看護師だった。

妹は、「私は、お母さん、お姉ちゃんみたいにはならないから」と言い二十歳で義理の両親と同居する条件で、結婚。今では、三人子供の母親として、育児に追われている。

私は、帰る度に聞かされる母の後ろ向きな発言にほとほと嫌気がさし、更に実家への足が遠のいた。母が、ガンになった時、私も、妹も、それぞれ、自分の生活に追われていて、母の看病を放棄した。

「何か、あった?」

吉田の問いかけに、我に返った。

「私ったら、ぼーとしちゃって」

「夜勤明けだもの。早く帰って寝たらいいよ」

「私、今の病棟、無理みたい。明後日、出勤したら、師長に移動願い出そうかと思って」

「そう」

「どう、思う?」

「姫がそうしたいんなら、いいんじゃない」

「そう、言うと思った」

「頑張れって言って欲しかった」

「言われても、無理だし」

自宅のマンションに戻り、ベットに横になった私は、深い眠りに落ちた。

 携帯の鳴る音で、目が覚めた。

着信の相手は、父だった。一瞬、無視しようかと思ったが、「はい」と出た。大事な話があるから、会えないかと言う。明後日、病院で待ち合わせをした。

 その日、私は、移動願いを持ち、出勤した。朝の申し送りの後で、師長に話があると言うと、夕方まで、時間が取れないという。

 私が、食堂に着くと、もうすでに父が、席に座って待っていた。

ぼんやりしている、父の前に座ると

父は、ゆっくりと私を見上げて、やっと焦点があったように、私を、見つめて

「すまないな。忙しいのに」

「なんか、あった」

「実は、手術、する事になった」

「そう」

「ガンだ。肺ガンだ」

「そう」

「驚かないのか」

「私みたいに毎日、ガン患者の中に居るといちいち驚いていられないもの」

父が、不安そうに

「ステージⅣは確実だそうだ。手術してみないとわからないが、もっと、進んでいるかもしれない」

「そう。それで、手術は、いつなの」

「来週だ。来週の木曜日だ」

「それで、さゆりには連絡した」

さゆりとは、私の四歳下の妹だ。

「いや、まだだ。さゆりは、お前以上に連絡を取るのが大変だからな」

「確かに」

義理の両親と同居で、幼い子どもを三人抱えている妹は、私以上に忙しい。

父は、私に手術に立ち合って欲しくて、私の所にこうして来ているのだと思った。

「わかった。夜勤明けだから、駆けつけになるけど、そっちに行くから」

父は安心したように

「すまないな」と小さな声で言った。

父と別れ、病室に戻る時、見知らぬ少年に声をかけられた。

「あの。胡桃沢さんですよね」

私の名前を呼ぶ、よく日焼けした、短髪で見るからに野球少年と思わせるこの少年を、私は、必死に思い出す。

「一年前に父が、お世話になりました、和田です」

私が、この病棟に移動になり、始めて看取った患者さんの息子さんだと思い出した。あの時は、中学三年生だったから、

「和田君ね。お久しぶり。今、高校一年生になったの」

「はい。相変わらず、野球、やってます」

「そう、すっかり立派になったから、分からなかったわ」

「今日は、父が亡くなって、一年の会で、こちらに母と来ました」

「そうね。もう、一年だものね」

うちの病院は、亡くなった患者さんの四十九日と一周忌には、スタッフと遺族との交流会があり、残された遺族の心のケアを行っている。

「僕、胡桃沢さんに会ったら、お礼を言おうと思っていたんです」

「えっ。私に?」

「はい。父が亡くなる少し前、僕は、受験勉強と父の看病で、もうなんだか頭の中がメチャクチャで。なんで、自分ばっかり、こんな不幸な目に遭うんだって思って、悔しくって、悲しくって、一人廊下で泣いていたんです。そしたら、胡桃沢さんが、黙って、僕の隣に座って、一緒に泣いてくれたんです」

「そうだった、かな……」

「それで、帰る時にこの本くれたんです」

少年は、手に持っていた『星の王子様』の本を見せてくれ

「星の王子が、別れる時に、主人公に、言うんです。『寂しくなったら、空を見上げてごらん。僕は、星になっていつでも君を見ているから』って。だから、僕も、お父さんに会いたくなったら、いつも、星を見上げるようにしているんです」

「そうなんだ」

少年と別れてから、あの時の事を、思い出した。少年と一緒に泣いたのは、私も、移動したばかりで、仕事に慣れなくて、辛くて泣いたのだ。それに、あの本は、別の患者さんから、頂いたのだが、子どもが読む本だからと思い、たまたま、その場に居た少年に渡しただけだった。だから、私は、あの本の内容を全く知らない。私とは、そんな程度の人間なのだ。この仕事に、熱い情熱もなければ、感動もない。ただ、毎日、自分の与えられた業務を卒なくこなすだけだ。

 看護ステーションに戻ると、今日から私の、新しい担当の患者さんが入院したという。カルテを見ると五十八歳の男性で、ガンが全身に転移。余命一ヶ月と診断されている。

病室に挨拶に行くと、槙田勝利という患者とその妻、ちずるが、出迎えてくれた。

槙田は、年齢より十歳は若く見える、溌剌とした印象で、妻も、女優さんを思わせる美しい女性だ。

二人に担当の挨拶をしたが、すぐに担当から、外れると思うと少し、心が痛んだ。

槙田は、嬉しそうに 

「いや~こんなキレイな看護師さんが担当だったら、ドキドキしちゃって眠れないな。なあ、ちずる」

ちずるは、困ったように

「そう、ですね……」

すぐに槙田は、真剣な顔になり

「冗談は、さておき、看護師さん。私の命は、あと少しなんです。その限られた時間を、何十倍、何百倍も、充実したものにしたいので、一緒に戦ってください」

と私に握手を求めて来た。

槙田の手は、何ともいえない、フワッとした柔らかくて暖かい感触だ。見た通りの槙田の人柄が、きっと、そのまま現れているのだろう。長年、患者さんの体の触れる機会が多い私の持論だが、手の平の感触とは、その人を表す心の窓だと思う。

隣で、ちずるも涙をこらえているように、キュッを唇を噛んでいる。 

ナースステーションに戻ると、師長が、部屋で待っているという。

亡くなった母とほぼ同じ歳の、師長が、私は、好きだ。この病棟に移ったのも、いつも、回りを暖かく包み込む笑顔を絶やさない師長が居たからだ。その師長に、移動願いを出すのは、心苦しい。

師長はいつもと変わらぬ笑顔で

「胡桃沢さんは、もう、こちらに来て一年になったかしら」

「はい。丁度、一年です」

「そう。よく、頑張ったわね」

ただ事務的に言われた事をこなしているだけの私が頑張ったなんて。

「ここは、他の病棟とは違って、患者さんが、元気になって、退院する事がほとんどないでしょ。治療も、必要最低限の事しかしないし、大半が、精神的なケアじゃない。よほど、こちらが、しかっりと患者さんの心を受け止めようとしないと、逆に潰れてしまうのよね」

「師長は、何故、この病棟に来られたんですか」

私は、言おうと考えていた事とは、違う質問をした。

「私の母もね、末期のガンで、私は、自宅で母を三年間介護したの。私の父は、私が、小学校の時に病気で亡くなってね。下にまだ弟が二人いたから。女手一人で三人の子どもを育ててくれて。弟二人は、大学まで出してもらって。もう、いつ寝ているかと思うほど働きずくめの母だったの」

「……」

「母の介護の三年間は、仕事との両立で大変だったけど、母が私達を育ててくれた苦労に比べたらと思ったらね。最後に母と一緒に過ごせる時間が嬉しくって、その気持ちが母にも、通じて、亡くなる前に母がこう言ったの」

「……」

「私の人生、最高だった。何の悔いもないは。ありがとう」って

「ありがとう、ですか」

「そして、迎えた母の臨終の姿がね、若々しくて、それはそれは、美しかったの。葬儀に来てくれた人達が、驚いて、みんなが、母と写真を撮って行ったわ」

「あの、ご遺体と、ですか」

「そう。こんな、美しい死に顔は無いって。もう、悲しい席じゃなくて、お祭りのような、みんなが、笑顔になるお葬式だったの」

私の母は、亡くなる直前まで、父への不満を言い、自分の運命を呪っていた。そして、母が亡くなった時の、苦しみに耐えてるような死に顔を思い出した。

私は、正直に自分の母の話をした。そして、どうして、そのように、死に顔に違いが出るのか聞いてみた。

「そうね。『生き上手は、逝き上手』なんて、言った医者がいるけど、私も、そう思うのよね。たとえ、短い人生でも、自分が目覚めた使命に生き抜いて来た人は、死を迎えた時に生きてきて良かった。悔いはないってなるんじゃないかしらね」

「使命ですか?」

「そう、みんな、それぞれ、この世で果たす使命があるでしょう」

「そんな事、考えた事なかったです」

「私はね、今、自分の目の前にある事が、その人が、果たすべき使命だと思うのよ」

「……」

「母を看取った体験を通じて、どんな人にも『最後に、ありがとう』って思ってもらいたいから、ここに移動したの」

「……」

「あら、ごめんなさい。私ったら、自分の話ばかりしちゃって。胡桃沢さん、何か、話しがあったのよね」

私は、部署の移動願いの話は、しないで、父の病気の事と、夜勤の交代をして欲しいと伝えた。師長は、快く了解してくれ、父の看護に全力を尽くすよう、励ましてくれた。私は、お礼を言い部屋を出た。

師長が言う『私の使命って』一体何だろう。

 自宅に戻って、食事を済ませ、時計を見たら午後九時を過ぎた所だ。思い切って、さゆりの携帯に連絡した。さゆりは二コールで出た。お互い簡単に近況報告をし、私は、父の手術の話をした。さゆりも、別に驚いた様子も無く、手術には、立会いたいが、行かれないと言う。電話を切ろうとするさゆりに思わず聞いた

「ねぇ、さゆりの使命って、何?」

さゆりは、使命ってどおゆう言葉の意味と聞き、そして、少し考えて

「良き妻、よき母、よき嫁でしょね」

と簡潔に答えた。

(私しにしか果たせない、使命って一体何だろう)それから、しばらく、また、ぼんやりと考えた。

 槙田の病室へ行くと、ベットに横になり写真集を見ている。

「看護師さんは、どっか行ったことある」

といい『世界遺産』と表紙に書かれた写真集を私に、見せた。

「世界遺産ですか。外国は、ハワイと韓国しかありません」

「いや、日本の冨士山や安芸の島なんかも、世界遺産なんだよ」

「残念ながら、どちらもありません」

「実は、俺も、仕事ばっかりでね。全然行った事が、ないんだよ。うちの奥さんに、もう少ししたら、二人で、行こうって言ってたんだけどね」

「そうなんですか」

「でも、もう、行けないけどね」

私は、話題を変えた。

「奥様、おきれいな方ですけど、どちらで知り合ったんですか」

「俺が、よく行ってた飲み屋で、アルバイトしてたの。その時、彼女、劇団の看板女優だったんだよ」

「私も、初めてお会いした時、女優さんみたいって、思いました」

「まぁ、俺の人目惚れだけどさ。ある時、俺が、飲みすぎで、トイレに間に合わなくて、彼女のエプロンの上に、吐いちゃったんだよ」

「え~、そうなんですか」

「あとから聞いたら、そのエプロン、その時、付き合ってた彼氏からもらった、大事な物だったんだよね。でも、そんな事知らないから、俺、彼女から、強引にその汚れたエプロンを洗濯するからと言ってもらってさ。そのまま捨てちゃったんだよ」

「え~、やだ」

「いや、新しいのを買おうと思ってさ。それを、知った彼氏が、ひどく怒ってさ。そんな事で怒られる位なら、別れるって事になって、そこで、俺の出番よ。見事に我、妻になったのさ」

「ステキな馴れ初めですね」

「そうなのかな」

「とても、仲の良いご夫婦で、羨ましいです」

「そうだな。俺は、また、来世も、彼女と一緒になりたいな」

「あの、来世ってあるんですか」

「あるんじゃないの。でないと、俺は、とてもやり切れないよ。こんなにやり残したした事、沢山あるんだからさ」

 数日後、父の手術に立ち合った。

主治医から、手の施しようがなく、余命数ヶ月と宣告された。

 病室に戻り、父の寝顔を見つめながら、(私の使命って何だろう)と考えた。

師長が話してくれた、師長のお母さんの最期の姿と、私の母の最後の姿。このあまりにも対極の姿に今の父を重ねた。

私は、この父にも、母と同じ事をしようとしている。

さゆりに父の事を報告した。さゆりは、自分は、何もしてあげられないから、後は、全て私に、任せると言う。予想通りだ。

病室に戻り、まだ、眠っている、父の姿を見ていたら、苦しんでやりきれない思いを沢山抱えて死んで逝った、母の姿と重なった。涙が、ジワッと湧いてきた。後から後から、湧いてくる。 父の痩せ細った手を握り締めながら、ワンワンと泣いた。

緩和ケア病棟には、患者さんの為に、小さな庭が用意されていて、ハーブなどを栽培している。そこで、ちずるを見かけた私は、声をかけた。

「この間、ご主人にお二人の馴れ初めを聞きましよ。ご主人、人目惚れって言ってました」

「そんな事を。恥ずかしいわ」

「仲が良くって、羨ましいです」

「私達、結婚する時、義理母に随分反対されたの。彼は、立派な家柄で、私とは、身分が違うっていうかね」

「……」

「でも、彼が、何があっても、一生君を守るからってね。本当にそうだった。こんなに大切にされて、私は、世界一幸せだって思っているわ」

「わかります。奥様を見ていると、そう感じます」

「本当は、ここでなくて、自宅で、彼を看取りたかったんだけど、どうしても、ここに入るって彼が聞かなくてね」

「……」

「実は、一年前に義理父を、半年前に義理母を私達、自宅で看取ったの。二人とも、十年ほど、介護が必要な生活だったから、私が、両親の介護と、子ども達の面倒と大変だったのを知っていて、それで、自分までも、自宅で看取らせたら、私が、壊れちゃうって思ったみたい」

「そうだったんですか」

「そんな事、気にしないでいいのにね」

「それが、ご主人の愛情なんですね」

「でも、これで良かったのかなって思うの。抗がん剤とか使って、少しでも命延ばしてあげられるんじゃないかって。ごめんさいね。この病棟の主旨は理解してるのよ」

「お気持ち、よくわかります。でも、ご主人は、何があっても、奥様に『ありがとう』って、言うんじゃないでしょうか」

「そうかしらね」

「そうですよ」

父の入院する病院に見舞いに行くと、私の顔を見て、少し、嬉しそうに笑った父に

「お父さん。私の勤めてる病院に来ない。そしたら、私も、毎日、お父さんの顔、見れるし」

「迷惑じゃないのか」

「なんで、迷惑なのよ。ほら、私、早くに家出たし、あんまりお父さんと、一緒にいなかったからさ」

「そうだな。俺も、父親らしい事、何もしてこなかったしな」

「これから、してよ」

「何したら、いい?」

「沢山、お話ししてよ。お父さんの知ってる事、全部話してよ」

「そうだな」

「じゃ、決まりね。手続きしてくるね」

「ありがとう」

「えっ」

「こんな、ダメな父親なのにな」

「そんな事ないよ。私の、たった一人の大切なお父さんだもん」

父は、今まで見たこともない、嬉しそうな顔をした。

そして、私の、手をぎゅうと握った。

父の手は、とても優しく暖かった。

さゆりに連絡をして、近いうちに父の見舞いに子ども達も連れてくるようにと言った。私の、真剣さに、さゆりも、見舞いに来ることを承諾した。

父に言われた『ありがとう』という言葉と、優しくて、暖かい手のぬくもりが、いつまでも、残った。

そして、私の中で吹っ切れた。

吉田と別れて、槙田夫妻のようなおしどり夫婦になれる人と恋をしよう。

 沢山の人に最後に『ありがとう』って言ってもらえる看護師になろう。

私しか果たす事ができない、使命を

命ある限り、果たして行こう。

今、私は、新しい旅発ちの時を迎えた。

                                おわり















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